9月11日(水) 初スタジオの模様

というわけで、一昨日は新メンバー初スタジオでした。
みんな大好き高円寺スタジオコヤーマです。

俺そういえば多分、タカユキ君の演奏を褒めるの忘れてた。
一音目から自然に始まってしまい、スタジオ8時間入ってたのに、存在が自然過ぎて全然絶賛してなかった。
忘れてました、とっても素晴らしかったです。

東京から離れてた萌ちゃんは台風で帰って来れず、遅れて駆けつけてくれたので、最初は4人で「たこ公園」「佐藤君と伊藤君」をやって、その後合流し5人揃って音出した時のあのバッチリな感じ!
2月からの断酒リハビリやらで、全然歌って無かったので俺は9ヶ月振りのスタジオ。
恥ずかしながら、久しぶりの大声で声帯がくすぐったかった。

「佐藤君と伊藤君」は2007年前後の歌かな?
当時文通してたKさんという音楽家の人がいて(歌が出来たらお互い送り、手紙で感想を言い合ってた。俺が手放しで天才だと言えるのは彼だけ。「夜に名前を」に出てくる「僕の友達〜」は彼の事。)「ふるちゃん、佐藤君と伊藤君いいね。浮遊感がたまらないね。」と言ってくれてた。
Kさんに一昨日の演奏を聞いてもらいたい。
「浮遊感ってこういう事でしょう?」
「そうそう、でかした!」
今のレテパ聞いたら絶対褒めてくれるはず。
が、Kさんどこにいるんだかわからん。

「たこ公園」は高校生の頃の歌。(2000年だから俺来年歌手生活20周年だ。)
当時恐らく、たこのすべり台の型でもあって安く大量生産してたんだろう。
メンバーみんなそれぞれ思い出の「たこ公園」があるみたいでした。(ちなみに今のメンバーは、北海道(月形、岩見沢)、盛岡、湘南、東京、東京、出身。)
もう20年も歌っている歌が、まだこんな風に良くなるなんて、びっくりした。嬉しかった。
まさかあそこに間奏を入れるなんて思いもよらなかった。

その後も「長野県のお月様」「ミツバチ」「音楽」「雪包丁」「水平線」と、どんどん演奏しました。

「水平線」では高野君がなんか異常なハイテンションで面白かった。(次の日になっても「水平線よかった、水平線よかった。」とずっと言ってた。大好物なアレンジなのだろう。皆さんも聞けば彼の性癖がわかる。アルバムの最後の曲になる予定。乞うご期待。)

「長野県のお月様」はユキコがお気に入りらしく、演奏しながらニヤニヤしてた。(後で聞き返したが、この歌の萌ちゃんのドラムが、俺の歌をバンド演奏にする時の超お手本なんだろう。歌いながら俺は俺の知らないところまで行ってた。)
ちなみにこの歌と「プレスカブのスピードで」「思わずブランキー」は昔カブで疾走(失踪?)放浪の旅の時に出来た3部作です。
ブランキーはまだ未収録か。

さっき9ヶ月振りに歌ったと言ったが、ちょっとだけ嘘で、断酒1ヶ月位経ち、所謂「離脱」も落ち着き、ボンヤリしてたら「音楽」という歌が出来た。
ので、その時ちょっと小さな声で歌った。

ここ数年は1年に1、2曲くらいのペースで歌が出来ます。
2016年「ラブソング」「深海」
2017年「永遠に、たまに」「ロックンロール2」
2018年「ヘルメットヘアー」
で、
2019年「音楽」

新曲できた、新曲できた、と、よく新曲制作至上主義みたいな人がいますが、作りゃあ良いってもんじゃないよ。
小学校の時読んだネズミのフレデリックの影響か、俺はあの作り方しかできない。
あ、上記のKさんは多作だったけどね。(20曲は入ったアルバムを3ヶ月に1枚のペースで送って来やがった。)

「音楽」が出来てから何ヶ月も隠居してたから、やっぱり少しは悶々と不安で、過去にシラフで歌が出来たのは「17」だけだったので(この時は起きてすぐ酒飲む暇も無く出来てた、確か。)「音楽」が良い歌なのかわからなくなり、実は一昨日怖かったんですよ!メンバーの皆さん!隠してたけど。

で、結果は、アルバム完成でのお楽しみ。
このペースだと、早く出来そうだ。

2000年から歌い出し「00年代は俺の時代だな。」と思ったが全然だった。
2010年からはレテパも始まったし「10年代は俺の時代だろう。」と思ったがやっぱり全然だった。
2020年代に向けて、残ってる録りたい歌はこの素敵なメンバーで全部録っちゃってしまいたい。

そんで、レテパの時代にするんだ。

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