10月9日(水) アルバム全曲解説「プレスカブのスピードで」編

昨日はスタジオでした。もちろんコヤーマ。
2時間と短い時間でしたので「調布飛行場」「東京の空で」の2曲だけやりました。
「東京の空で」はソロのライブでも歌った事が無く、今回思い出し部屋で何度か歌ってみたが、歌ってると悲しい気分になるので、やっぱりアルバムに入れるのやめようかな、と思いかけていましたが、昨日スタジオで本気で歌ってみたら、悲しくならなかった。
みんなも、絶対に入れた方が良い、と言ってくれたし、歌っててちゃんと喜怒哀楽関係無い感じになれたので、めでたく候補曲入り。

「調布飛行場」は昔、調布近辺に住んでた時によく飛行場に隣接している大きな公園でぼーっとしてたので、その時出来た歌。
ユキコは調布やらの多摩地域に思い入れが強いらしく、この歌を聞いてると泣きそうになる、と言っていた。

アルバム録音に向けて順調です。

では、前回の「アズミ」に続きアルバム全曲解説第二弾です。

※一つ訂正。
前回の解説で最後に
「恋人は何十人~」あたりのベースが飯田裕曰く本人のベストプレイらしい。
と、書きましたが、飯田裕から訂正が入りましたので訂正。
正しくは、
「恋人は何十人~」あたりのベースが高野京介曰く飯田裕のベストプレイらしい。
とのこと。
言われてみたらそうだった。記憶違い。失礼しました。

では、全曲解説「プレスカブのスピードで」編

 

「プレスカブのスピードで」

プレスカブのスピードで 旅に出るの
プレスカブのスピードで 新しい朝へと

時速40kmの風になるの
時速40kmの歌にのせて

プレスカブのスピードで お前らの事など
プレスカブのスピードで 忘れてしまえるの

プレスカブのスピードで 旅に出たの
プレスカブのスピードで 夜風と並走

時速80kmじゃ 風を切り裂くだけ
時速40kmなら 風になるの

プレスカブのスピードで お前らの事など
プレスカブのスピードで 忘れてしまえるの

忘れてしまうの

 

2015年に発売された1st「僕を殺せるのは僕だけさ」収録。
歌が出来たのは2008年です。

前回解説で書きましたが、高校卒業後は161倉庫付近のアパートに住み、色んなバイト(コンビニ、警備員、スープカレー屋等々)を転々としながら、161倉庫を中心にソロで歌いながら暮らしていました。
そんなある日、高校時代の恋人からいきなり電話がかかってきて(携帯は嫌いだったが、無いとバイト雇ってもらえないのでプリペイド携帯を買った。彼女は俺の実家に電話して母から俺の番号を聞いたらしい。やはり全て母のせいだ。)会った。

一つ先輩だった彼女とは、彼女の卒業以来会っていなく、しかもその頃俺は前回書いたようにアルトの音に取り憑かれていて、少しイカれポンチだった。
ので、彼女の父親が自殺してしまったり、色々とあったのに、誰とも話す気分になれなかった俺は、彼女の事を避けて、そのまま彼女は卒業してしまった。

久し振りで懐かしかったし、その頃は彼女と楽しく話していた高校1年生の頃のような気さくさ(2年から気さくじゃ無くなった、と思う。)が戻ってきていたので、楽しく1週間位過ごした。
が、短大生になっていた彼女にはヤンキーの高校生の恋人がいたらしく、そのヤンキーに俺は呼び出された。(呼び出し場所は、新札幌あたりの郊外の使われていない駐車場。)
向おうとしたら、アパートの1階にあった喫茶店(北17条西3丁目ウエストウッド)の人達が「危ないから行かない方が良い。」と助言してくれたが、俺はその頃遅れてきたブランキージェットシティブーム(高校の頃友達は好きだったみたいだが、悪い意味で早熟過ぎた俺は当時バカにしてた。が、その頃、偶然見た中村達也の目つきと当時発売された「ワイルドウインター」という本が素敵で、大好きになった。)で、イケイケだったので、行くことにした。
止めても無駄だと判断した喫茶店の常連達は「それなら、永井(ヌルマユというバンドの永井君)に付いていって貰えば良い。」と言い出し、永井君も張り切ってやって来て、二人で人気のない深夜の駐車場に向った。

そこからは、まあ、あんま覚えてないし割愛する。(案の定ヤンキーは仲間を10人以上集めてやがった。)

結局彼女とはそれ以降会っていない。
が、色々ショックだった俺はバイトも辞めてしまい、落ち込んで自棄になった。
貯金が10万円位あったので、近所の雑居ビルのテナントが敷金無しで家賃3万円で借りれるという噂を聞き、スナックでもやるか、と思いビルのオーナーに会いに行った。
が、俺が若過ぎて不安だったのか断られ、同行してくれた紹介者に連れられて「輪茶館」という喫茶店に入った。
マスターはバイク乗りの間では有名な人らしく、俺にバイクの事を色々話してくれた。
で、「お前、時速40キロの風って知ってるか?」という名台詞がここで飛び出す。
長くなるから簡単に書くと、
マスターは当時50歳前後か?マイク真木を不良にした感じの見た目。
若い頃から暴走行為やらなんやら数々のバイクで数々の伝説を作る。
が、40歳を超えたあたりから、暴走行為では感じられない風がある事に気付く。
その風は、北海道の大自然の中、カブに乗りウォークマンで好きな歌を聞きながら「時速40キロ」で走る、と感じられるらしい。
他のバイクじゃダメで、30キロでも50キロでもダメで40キロ。
音楽と、景色とが、40キロで脳にダイレクトに溶けていく感じ。それが時速40キロの風。

「お前、スナックやるのにいくら持って来たんだ?」と言うので「10万円です。」
店の奥からカブを出して来て「このカブ6万円で売ってやるから、残りの4万で旅に出て、風になって来いよ。」「はい。行ってきます。」

というわけで、前回「アズミ」の放浪以来の放浪。
めでたく40キロの風を感じられたのでした。

それが多分19才あたりの話で、その後23才の頃東京(正確には川崎市多摩区稲田堤だ。)に引っ越した時にカブを運んで来る金が無く、札幌に見捨てて来たが、当時から友人だった元レテパドラムのアディー(鈴木亜沙美)が見かねて札幌からカブに乗って持って来てくれた。

で、2008年、26才の頃、なんか多分悲しい気分にでもなったのか、またカブで放浪してたら「長野県のお月様」「プレスカブのスピードで」「思わずブランキー」と、走りながら3曲も出来たのでした。ラッキー。

その時の歌ですね。

PS.輪茶館、まだあるのかな?と思い今調べてみたら、当時の北区から移転してるが、石狩にあるみたいですね。

PS.上記にスープカレー屋でバイト、とありますが「ピカンティ」の事です。有名店。
カブ買って旅に出て帰って来て一文無しなのでバイトを探してたら、アパート1階ウエストウッドに来てたピカンティオーナーのオサムさんが、君暇ならうちで働きなよ、と言ってくれたのでした。
一番おいしいお店です。2種類のスープの「かいびゃく」の方が特にオススメです。

PS.この歌はちょうど1分なので、時計無い時に1分計らなきゃいけない場面では心の中で歌い、ちょうど1分計ります。
近所の銭湯の温冷浴(水風呂、熱風呂を交互に1分)とかの時に重宝します。

PS.演奏では、最後の最後の「ジャラン!」という感じが、最初なかなか出なくて、メンバーみんなに「ジャン!」じゃなくて「ジャラン!」ね。「ジャラーン!」でも無いよ。と苦心してもらったが、皆さんさすがでアルバムのテイクは見事な「ジャラン!」です。
ギターやピアノはジャラン!にしやすいかも知れないが、当時のベースの寺中さんにまで、ジャラン!を強要してたので、一本の弦でジャランを表現するのは大変そうにしてたのを記憶しています。

PS.そのプレスカブは、稲田堤からの引っ越しの際に、次のアパートに置き場所が無くて売ってしまいました。
が、今から2年位前に、当時お世話になってた方が俺の飲酒を心配して、またカブに乗り出したら少しは飲酒が減るのでは?とスーパーカブを譲ってくれました。
が、90CCのスーパーカブなのでバイク免許取らないと乗れないし、案の定放置してましたが、最近思う所ありまして免許取りに行きました。
普通自動2輪。
無精な俺は最初乗り気ではありませんでしたが、金出してやるから行って来い、とバイクニケツに憧れる嫁に言われ、嫌々通い出したが、途中から楽しくなってきて、教官も驚くほどのスピードで卒業した。(単に生徒の中で一番暇だったのだろう。毎日通い、最速で卒業した。)

↓卒業証書と教習初日に勝手に写されたスナップ写真。
初日だからまだ嫌々で、嫌な事がある時猫背になる癖が出ています。

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